一般社団法人コンピュータソフトウェア協会

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「やさしい情報経済論」その29 まとめ(その2)最終回

2015.07.15

CSAJ 専務理事 前川 徹

ロックインと企業戦略

 現在利用している財・サービス・技術を他のものに乗り換えようとする時に必要となるコスト(経費、手間、時間など)を「スイッチング・コスト」という。このスイッチング・コストが高いと他の財・サービス・技術への乗換えは困難になる。この現象を「ロックイン」という。

 ロックインは、さまざまな分野でおきる現象であるが、ITの世界では日常的に発生する。たとえばスマートフォンを購入し、そこにアプリをダウンロードしたり、写真や動画を撮ったり、音楽を入れたり、メールやSNSを利用したりすると、かなり強力なロックインが発生する。OSが同じスマートフォンならまだしも、OSの異なるスマートフォンに乗り換える手間や費用を考えると、気軽に機種を変えることはできなくなってしまう。

 IT関連機器やITサービスのユーザーにとって、この日常的に発生するロックインを意識しないでいることは極めて危険である。また同時にビジネスを行う側からみれば、このロックインをうまく利用できるかどうかは非常に重要である。

 ロックインは、契約上の義務と責任から生まれるもの、耐久財の購入から生まれるもの、教育や訓練が必要なものから生まれるもの、ソフトウェアとそのデータから生まれるもの、愛着心や不安から生まれるものなど極めて多種多様である。

 企業戦略の一環として人工的にロックインを創り出すこともできる。たとえば航空会社による「Frequent Flyers Program」や小売店のポイントカードに代表される顧客優待プログラムは人工的なロックインを生む。特に、累積利用によって特典やステイタスを得ることができる顧客優待プログラムは、利用すればするほどロックインが強力になるという特徴を持っている。ちなみに、顧客優待プログラムは顧客をロックインする手段として利用されるが、顧客を利用頻度別に管理するツールとしても利用できる。

 買い手としては将来の選択肢をできるだけ広くするために、ロックインを避けた方がよい。可能であれば特定のベンダーに依存しない「オープン」な財・サービス・技術を選ぶことが望ましい。しかし、現実にはすべてのロックインを避けることは難しい。ロックインが避けられない場合には、ベンダーに将来のスイッチング・コストが大きいことを強調して、できるだけ有利な取引条件を引き出すとよい。

 一方、売り手の場合には、可能であれば買い手にロックインを意識させないようにするとよい。もし買い手がロックインに気付いている場合には、その効果があまり大きくないと信じこませる努力をすべきである。マーケティングには、ロックインした顧客から将来に渡って得られる利益の現在価値を考えて十分な費用をかけることが可能である。また、獲得した顧客のスイッチング・コストを増大させるような工夫をすることによって、他の財・サービス・技術に乗り換える顧客を減らし、顧客から得られる利益をより大きくすることができる。

ネットワーク外部性とプラットフォーム・ビジネス

 「外部性」とは、ある経済主体の意思決定や活動が、直接的な関係がない他の経済主体に影響を及ぼすことである。鉄道会社が駅を新設すると、その駅の周りの土地の価格が上昇するため、駅周辺の地主の資産評価額は増えることになる。これはプラスの効果であるが、工場の騒音や公害のようにマイナスの効果を生むケースもある。

 「ネットワーク外部性」とは、電話やFAXのようなネットワークを構成する商品、あるいは家庭用ゲーム機のようにネットワーク性をもつ商品に発生する外部性のことである。ネットワーク外部性は、直接効果と間接効果に分けることができる。直接効果とは、電話やFAXのように利用者が増えると、その機器の効用が増大するというものある。一方の間接効果は、ある家庭用ゲーム機の利用者の増大によって、そのゲーム機向けのゲームソフトの種類が増加し、それによってその家庭用ゲームの効用が増大し、その家庭用ゲーム機の利用者が増えるというものである。

 このネットワーク外部性によって「強者はますます強くなり、弱者はますます弱くなる」という現象が起きる。ネットワーク外部性が強く働き、かつ差別化が難しい財・サービスでは、一つの技術や企業によって市場が支配されるという現象が起きやすい。

 このネットワーク外部性が強く働く典型的なものがプラットフォーム・ビジネスである。プラットフォームとは「階層的構造を持つ製品やサービスの中に存在するあるコア製品・サービス」であり、事例としては家庭用ゲーム機、コンピュータのOS、クレジットカード、クチコミサイト、オークションサイトなどが挙げられる。プラットフォームには異なる2つ以上のユーザーグループがあり、その間には一般的に強いネットワーク外部性が働く。(ちなみに、一方のユーザーグループは、プラットフォームの補完財を供給する事業者であることが多い)

 たとえば、オークションサイトの場合、入札者(買い手)は欲しい商品等をできるだけ安く落札したいので、出品物がおおいオークションサイトを選ぶ。一方、出品者(売り手)はできるだけ高く商品を売りたいので、入札者が多く集まっているオークションサイトを選ぶ。したがって、出品物が多いサイトに入札者が集まり、その入札者が多いサイトに出品者が集まるという強いフィードバックが働く。この2つのグループの間に働くネットワーク外部性によって「強者はますます強くなり、弱者はますます弱くなる」という現象が起きる。特に二つ以上のプラットフォームを保有・利用するコストが大きい場合には一人勝ち(Winner Takes All)になることが多い。

 こうしたビジネスの場合、強者と弱者の差が大きくなり始めると、その分野で技術革新が起きるなど大きな環境変化がない限り、弱者が形勢を逆転させて強者になることは困難になる。したがって初期の段階で、補完財を供給する企業に対して優れた補完財を供給するように働きかけるなど、ネットワーク外部性を意識した自律的な発展のための仕組みづくりが事業の成否を決めることになる。

(今回でコラム「やさしい情報経済論」は終了とさせていただきます。長期間ご愛読いただきありがとうございました。なお、次回からテーマを変えて新しいコラムをスタートする予定です。ご期待ください)

筆者略歴

前川 徹 (まえがわ とおる)

1955年生まれ、1978年に通産省入省、 機械情報産業局情報政策企画室長、JETRO New York センター 産業用電子機器部長(兼、(社)日本電子工業振興協会ニューヨーク 駐在員)、情報処理振興事業協会(IPA)セキュリティセンター所長 (兼、技術センター所長)、早稲田大学 大学院 国際情報通信研究科 客員教授(専任)、富士通総研 経済研究所 主任研究員などを経て、2007年4月からサイバー大学 IT総合学部教授。2008年7月に社団法人コンピュータソフトウェア協会専務理事に就任。